あなたが今日、何かを「買おう」と決めたとき、その決断は本当に論理的だっただろうか。
スペック表を見比べて、価格を計算して、コスパを割り出して。
そうやって選んだはずなのに、実は最初から「なんとなくこれがいい」と心が決まっていたことはないだろうか。
人間の脳は、自分が思っているよりずっと「感情」で動いている。
脳科学の研究によれば、私たちの意思決定の約95%は無意識のうちに行われており、論理はあくまで「後づけの理由」に過ぎないという報告もある。
だからこそ、「物語」には人を動かす力がある。
論理では動かない心が、物語で揺さぶられる理由
人の感情は、論理的な説明だけではほとんど動かない。商品のメリットを箇条書きで並べても、サービスの優位性を数字で示しても、「ふーん、そうなんだ」で終わってしまうことが多い。
ところが、ひとたび「物語」の主人公に感情移入すると、心が揺さぶられ、触発されてしまう。これは、脳が物語を「他人事」ではなく「自分事」として処理するからだ。
物語を読んでいるとき、脳は主人公の体験をまるで自分のことのように再現する。心理学ではこれを「物語的輸送(Narrative Transportation)」と呼ぶ。
まるでRPGゲームで自分がプレイヤーキャラクターを操作しているとき、そのキャラクターの勝利を自分の勝利のように感じるのと同じだ。ドラゴンクエストでスライムを倒して経験値を得たとき、「主人公が強くなった」ではなく「俺が強くなった」と感じる、あの感覚である。
先に気持ちが動くからこそ、行動が起こる。だから、いきなり商品やサービスを説明しても、さっぱり興味を持ってもらえない場合によく使われる販売手法のひとつが「ストーリー」なのだ。
「読み物」が持つ、セールストークにはない浸透力
ストーリーテリングの力は、セールスの世界では長らく「秘伝」のように扱われてきた。健康食品のテレビ通販を思い浮かべてほしい。
ドキュメンタリー調で、実際の愛用者が登場し、かつての苦しみと今の喜びを語る。あれこそが典型的なストーリー活用の例だ。
「読み物」としての面白さに引きつけられて読み進めるうちに、視聴者は「潜在的に抱えている問題」を自覚し始める。
- 「あれ、自分も同じかも」
- 「この悩み、わかる」
という感覚が芽生え、気づいたときには自然と商品やサービスを「欲しい」という気持ちになっている。これは、少年漫画で強敵に立ち向かう主人公を見て「自分も何か挑戦したい」と奮い立つのと構造的には同じだ。
ルフィが「海賊王に俺はなる!」と叫ぶ姿を見て、自分の夢を思い出した経験がある人は少なくないだろう。
事実、「ストーリー」を使えば、物語の中で商品やサービスの効果効能を「疑似的に体験」してもらうことができる。その物語から得られる「教訓」を、押しつけがましくなく、ごく自然に受け入れてもらうことも可能だ。
なぜストーリーは「前提」を変えられるのか
ストーリーには、その人が信じている「前提」を変えるパワーがある。
普段なら「そんなの信じない」と一蹴するような話でも、物語の文脈に乗せられると受け入れてしまうことがある。これは、物語を読んでいる間、人は批判的思考を一時停止させるからだ。
物語という「安全な空間」の中で、新しい考え方を試してみることができる。野球漫画を読んでいるうちに「練習って意味があるんだな」と素直に思えてしまうように、物語は人の心のガードを下げる。
だからこそ「今すぐの行動」を要求する「売るための文章」では、より「感情」を動かしやすいアピール方法のひとつとして、昔から「ストーリー」が使われ続けている。
- 資料請求をしてほしい
- 電話をしてほしい
- 問い合わせをしてほしい
- 購入ボタンを押してほしい
こうした行動を起こさせるために、優れたマーケターは必ず物語の力を借りる。
そして、そんな「ストーリー」の活用方法を指南する本も、マーケティングやセールスライティング、プレゼンテーションに関するものまで山ほど出版されている。
見落とされてきた致命的な問題「ヒーロー物語」の限界
ところが、これまで解説されてきた「ストーリー」には、ある重大な見落としがあった。
それらのほとんどが、「男性が主人公」の「ヒーロー物語」しか扱っていないのだ。
「世界を救う」物語は、誰のためのものか
ハリウッド映画に代表される典型的なヒーロー物語を思い浮かべてほしい。男性の主人公が「古い秩序や価値観の象徴である怪物」と戦い、困難を乗り越え、世界を救う。
ロードオブザリングのフロドが指輪を葬る旅に出るように。鬼滅の刃の炭治郎が鬼と戦い続けるように。物語の最後には勝利があり、仲間からの称賛があり、時には愛する人との結ばれがある。
もちろん、女性もこうした「ヒーロー物語」が嫌いなわけではない。しかし、ここで素朴な疑問が浮かぶ。
もしこの「ヒーロー物語」の主人公を、そのまま女性に置き換えたら、同じ話が成立するだろうか?
主人公の性別が変われば、まったく違う場面で悩み、異なる行動を取っていくはずではないか。同じ困難に直面しても、その乗り越え方は違ってくるのではないか。
「武者修行の後にお姫様と結婚」という構造の違和感
ヒーロー物語には、ある種の「お約束」がある。
主人公は試練を経て成長し、敵を倒し、最後には「ご褒美」を手にする
その「ご褒美」として描かれがちなのが、「お姫様との結婚」だ。
勇者が魔王を倒して、お姫様を救い出す。武者修行を終えた主人公が、愛する人と結ばれる。
この構造を、なんとか女性に当てはめようとすると、どうしても無理が生じる。「女性が試練を乗り越えて、最後に王子様と結婚する」という話にすればいい?
だが、そこに至るプロセスは本当に同じだろうか。女性が「世界を救う英雄になりたい」という野望を持って戦いの旅に出る話は、果たしてどれだけの女性の心に響くだろうか?
興味深いデータがある。ある調査によれば、女性の約7割が「自己実現」を人生の重要な目標に挙げる一方で、その「自己実現」の内容は男性とは大きく異なる傾向がある。
男性が「社会的な成功」「競争での勝利」を重視しがちなのに対し、女性は「人間関係の充実」「本来の自分を生きること」をより重視する傾向があるという。
百歩譲って「同じ結末」を目指す物語にできたとしても、ディテールはまったく違ってくるはずだ。悩むポイントが違う。喜ぶポイントが違う。心が動く瞬間が違う。
この素朴な疑問こそが、「お姫様マーケティング」のすべてのはじまりだった。
女性が本当に共感できる物語とは何か
では、女性たちが心から共感し、素直に感情移入できる物語とは、どんなストーリーなのだろうか。
男性の物語のように「死の恐怖を克服し、困難に打ち勝って、愛する者を守る」話ではないなら、「女性が主人公」の物語を改めてマーケティング視点で分析し直すことが必要だ。
- シンデレラは本当に「王子様に見初められること」だけを望んでいたのか
- 美女と野獣のベルが本当に求めていたものは何だったのか
- アナと雪の女王のエルサが「ありのまま」を歌ったとき、なぜあれほど多くの女性の心を打ったのか
これらの物語を丁寧に紐解いていくと、「ヒーロー物語」とはまったく異なる構造が見えてくる。そして、その構造を理解することこそが、女性の心に響く発信をするための第一歩となる。
この視点への反論と、その先にある真実
ここまでの話に対して、いくつかの反論が予想される。誠実に向き合うために、それらを検討しておきたい。
「現代では性別による違いは薄れている」という意見
「今どき、男女で物語の好みが違うなんて古い考えでは?」という声があるかもしれない。確かに、ジェンダーの多様性が認められる現代において、「男性はこう、女性はこう」と一括りにすることには慎重であるべきだ。
しかし、ここで語っているのは「すべての男性」「すべての女性」の話ではない。マーケティングとは、最大公約数を見つける作業でもある。傾向として、多くの女性がより共感しやすい物語の「型」が存在するという話だ。
もちろん、ヒーロー物語に強く共感する女性もいれば、お姫様物語に惹かれる男性もいる。重要なのは、「誰に届けたいか」を明確にして、その相手に響く形を選ぶことだ。
「結局は個人差の問題では」という意見
「性別より個人の性格のほうが大きいのでは」という指摘もあるだろう。これは部分的には正しい。人間は一人ひとり違う。しかし、マーケティングにおいて「個人差がある」と言ってしまえば、何も指針がなくなってしまう。
大切なのは、ターゲットとする層に「より響きやすい」アプローチを選ぶことだ。全員に刺さる必要はない。10人中7人に響けば、それは十分に効果的な戦略といえる。野球でいえば、3割バッターは一流選手だ。すべてのボールを打ち返す必要はない。
「ストーリーなんかより、実績や数字で見せるべき」という意見
「結局、大事なのは商品やサービスの質でしょ」「数字で示せばいい」という実務的な反論もあるだろう。これも一理ある。実績や数字は信頼性の根拠になる。
しかし、忘れてはならないのは、数字やスペックが「読まれる」前に、まず「興味を持ってもらう」必要があるということだ。どれだけ素晴らしいデータがあっても、そこにたどり着く前に離脱されては意味がない。
ストーリーは、興味を引き、読み進めてもらうための「入口」なのだ。入口をくぐってもらった後に、しっかりと実績や数字で説得すればいい。両方が必要なのであって、どちらかを選ぶ問題ではない。
次のステップ——あなたの発信をどう変えるか
ここまで読んで、「なるほど、物語が大事なのはわかった。でも、具体的にどうすれば?」と思ったかもしれない。
このコンテンツでは、女性が心から共感できる「お姫様物語」の具体的な構造と、それをSNS発信に応用する方法を解説していく。
ヒーロー物語が「戦いと勝利」を軸にするのに対し、お姫様物語は何を軸にしているのか。その違いを理解することで、あなたの発信は劇的に変わるだろう。
物語の力は、正しく使えば最強の武器になる。しかし、間違った「型」を使えば、どれだけ努力しても届かない。あなたが届けたい相手に響く物語の「型」を、一緒に学んでいこう。
それが当サイト「ツヅル」の目的である。

